音楽は、記憶と密接に結びついているものである。あの時あの歌を一緒に歌ったとか、あの子はこの歌が好きだったように、思い出と音楽とは、あたかもコインの両面のようにぴったりと重なり合っている。そして「あの頃の歌」に誘われるがままに、あれこれと昔を思い出すのである。
なぜ体感する「時の速度」は、年齢によって変化するのか
ここで、話を時間全体に広げてみたい。
毎日を追われるように過ごしていると、1年や2年という時間は、飛ぶように過ぎてしまう。これが、世の大人の実感ではないかと思う。いま思うと、小さいときは、それはそれは時がたつのが遅かった。それが20歳を過ぎて社会に関わりだしてくると、それまでのことが嘘だったかのように、時の進行が早くなるのである。もちろん、時の歩みそれ自体のスピードが増すのではない。単にそう感じるようになるのである。
では、なぜ時がたつのが早く感じるのか。理由は簡単で、分母となるだけの時を、多く過ごしているからである。7歳の子どもにしてみたら1年は全人生の7分の1だが、35歳の大人にしたら、たった35分の1である。この差は大きい!要するに、世の大人たちは、子どもよりも何倍も早く時の流れを感じているというわけだ。
そう考えると、この世界は、さまざまな時間感覚をもった人々が、身を寄せ合って暮らしているということになる。同じ時を生きているのに、その体感速度が異なるなんて、なんだかとても面白い。
「あの頃」に帰れずとも、思い出せばいい
それにしても、時の流れは容赦がない。時間は、誰も止めることが出来ないのである。どんどんと流れゆき、「今」という時は、必ず「あの時」になってしまうのである。時間ばかりは、どんな権力者やお金持ちであっても、思い通りにすることは出来ない。見ることも出来なくて、形もないのに、時はこの世界のすべてをつかさどっているのである。
だが、そんな不可逆的な時の流れを遡行できる能力を、人間は持っている。もちろん過去の時間そのものを取り戻すことは出来ないが、過去を思い出すことによって、そのいくばくかを追体験することは出来るのだ。その際には、前述したように音楽は大きなちからを発揮する。あたかも再び、またその時が再びめぐってきたかのような喜びを、一瞬にして味わうことが出来るのが音楽なのである。