『ハーバードはなぜ仕事術を教えないのか 』佐藤智恵/著

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MBA資格を取得しても、仕事術は身につかない?


ハーバードをはじめ、アメリカの有名大学の名前を掲げた本が数多く出版されている。これは、確実にハロー効果を狙ったものだろう。日本人は権威に弱いとはいうが、ここまで連続すると、正直どうかと思う。なかにはまったくそれらの大学とは関係のないものまで、あったりするが、そのような本が数多く出版されるなか、本書はよくかけているほうの部類にはいる。

ハーバードを含むエリート大学の卒業生は、ボストンコンサルディングやマッキンゼーアンドカンパニー、あるいはゴールドマンサックスといった大手コンサルファームやヘッジファンド会社に就職して高いパフォーマンスをあげるが、それは何も大学で仕事術を習っているからではないというのが、本書の主張である。

では、どうしてハーバード出身の彼らは仕事ができるのだろうか。著者は、ハーバード大学の学生たちは仕事をしていく上での心構えや思考法といったものを、自然とこれまでの人生のなかで経てきた教育の中で身につけているのだと主張し、その根拠を探っていく。

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ビジネスをしていくうえで必要な思考力の基礎とは

まず確認すると、ビジネスをしていく上で必要な力とは、その業務に関する知識のほかに、思考力と実行力である。そしてアメリカのエスタブリッシュメントが受ける一般的な教育は、このふたつの力を培うのに有効であることが、本書を読むと理解できる。以下、思考力と実行力の具体的な養成方法について説明しよう。

はじめに、思考力の養成について述べる。アメリカの大学での授業スタイルといえば、MBA過程におけるケーススタディが有名だが、これは思考力の養成にもっとも効果的なスタイルである。そしてこのような形式の授業は、大學のみならず、もっと幼い段階からおこなわれている。

ここでは例として、アメリカの学校の歴史の授業を挙げて説明してみよう。そこには教科書のような「定本」を用いて、教師が「お説」を垂れ流すようなスタイルは皆無である。代わりにあるのは、もっと生徒たちが主体性を持って取り組むカリキュラムである。

まず当時の一次資料を見せ、それを元に皆で話をしていくかたちで、授業は進んでいく。さらにそこから話し合いを踏まえて、生徒たちは自分で関連書籍を探し出し、それを読んだ上で再び話し合いをしていく。このような形で、授業は展開されるのだ。こんなことを繰り返すことで、「徹底的に調べ、考えぬく力」が自然と身についてくるのは言うまでもない。

この「徹底的に調べ、考えぬく力」とは、ビジネスシーンにおいて必要なことと、まったく同じである。かの国のエリートたちは、こんなことを小さいうちからやっているのである。どうりでビジネスに強いわけである。

リーダーシップがない人間は、エリートではない

つづいて、実行力について述べよう。ビジネス現場における実行力とは、一言で言えばリーダーシップのことである。いかに場をリードし、導いていくか。未知なる状況に賭け、リスクをとることが出来るか。これらは、すべてその人がもつリーダーシップの有無にかかっている。

ハーバードを初めとするエリートを語るときに、このリーダーシップという言葉も必ずついてまわるものであるが、これも教育の段階で身につけられたものであるという。

では、リーダーシップとはなんだろうか。これはわたしの意見だが、リーダーシップとは、率先してリスクを負うことではないだろうか。もし判断が誤っていた場合、自らの評価はもちろん、組織の業績まで落としてしまうのが、リーダーの決断である。それでも先が読めない時に自らの意見をいい、状況を切り開いていく。それが、リーダーなのだ。

このようなリーダーシップもまた、議論を中心とした授業によって身につくものであるという。未知なるものについて語り合い、自ら発言し、相手を説得していくということを授業の中で繰り返していくことで、自然とリーダーシップの能力がついてくるのである。リーダーシップもまた、今日のビジネスシーンには必須の能力であるのは、いうまでもない。

結局、昇進や昇給のためには、自分で勉強をしていくしかない

以上、ケーススタディ型思考力とリーダーシップという形での実行力について述べてきたが、ここで確認しなければならないのは、わたしたちはハーバード大学出身者を代表とするグローバルエリートと比べたときに、圧倒的に不利な立場にあるということである。

日本の教育とは、ただ教師の話を聞き、たったひとつの答えを当てることに終始している。だがこの現実世界は、たったひとつの答えなどは存在しない。あるのは立場の違いによるさまざまな解釈や、利害の対立である。

英語が基軸となったコミュニケーションやグローバル経済の構造云々以前にわたしたちが彼らと比べて不利なのは、わたしたちのような教育という名の点取りゲームのみしか経験しなかった人間は、多様な価値観で溢れる未知なる現実を前にした時に、それに対応するだけの土台となる力をつけ損ねてしまっているところにある。

では、どうすればいいのか。自分たちで、勉強をしていくしかないだろう。そのためには、浴びるほど本を読んで、よく考える習慣をもち、それを継続していくしかないのである。

ハーバードはなぜ仕事術を教えないのか〈電子書籍Kindle版もあります〉
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