TPPで国民皆保険制度が崩壊する?
TPPへの参加が論じられる際にすぐに話題に上るのは農業分野であるが、国民皆保険制度が維持できるかどうか、という指摘は、なかなか注目されることがない。
日本は保険証一枚あれば、どこにいっても、高度な医療が低額で受けられる。
これは、国民皆保険制度の恩恵であり、文字通り世界に誇るべきシステムである。
例えば、アメリカでは国民皆保険制度がないがために医療費が非常に高額であり、現地で生活したことがある方なら、医療費の請求額を見てびっくりした経験があるはずだ。
国民皆保険制度の歴史
現代に生きる私たちにとっては自明のものとなっている国民皆保険制度は、1961年に実現された。
といっても、この時点では、患者の自己負担の部分は大きく、サービスの範囲も限定的なものであった。
国は、1973年までに、給付期間制限の撤廃、制限診療の撤廃、給付率の7割への引き上げ、高額療養費制度の導入等を段階的におこなった。
こうして国民健康保険制度は成熟し、現在の形になったことを、まず理解しておきたい。
このように国民皆保険制度が充実したのは、当時の人口構造によるところが大きい。
生産年齢人口が多く、高齢者の少ない社会というのを前提に、成り立ったものと言える。
したがって、人口構造が変容し、未曾有の高齢社会に突入した現在においては、国民皆保険制度の根幹が揺らぎはじめていると言えるだろう。
国民皆保険制度の危機もまた、人口減少に原因があった
そうしたなかで危惧されるのは、「国民皆保険の堅持」という旗は掲げたまま、給付範囲や給付率の縮減、地域医療の崩壊が進み、国民皆保険が形骸化することである。
違う言い方をすれば、国民皆保険は1973年から1961年にさかのぼる歩みを辿る可能性がある、ということだ。
それを回避するのは、現在行なわれている医療政策を問いなおす必要がある。
こうした問題意識から、著者は本書を執筆した。
本書の構成は以下のようになっている。
第1章と第2章では、日本の国民皆保険の構造について論じられている。
まず、ここをきちんと理解しておかないと医療政策の話題にはついていけないだろうから熟読しておく必要がある。
第3章と第4章では、人口構造の変容と、それが医療制度に及ぼす影響について論じている。
ここでは、著者が、近未来に起こりうることを、説明する。
著者が最も力を入れている第5章~第7章については、医療政策全般についての論考がなされていて、本書で最も充実した内容となっている。
国民皆保険制度と高齢者医療
本書を読んでみた感想は、現在の医療政策をめぐる問題の本質は、人口問題にあるということだ。
第7章で、あげられているデータに、「年齢階級別1人当たり医療費、自己負担額及び保険料の比較」というものがある。
これを見ると、80歳~84歳では自己負担及び保険料は14万円で医療費は91万円である。
高齢者になればなるほど、自己負担は軽く、医療費は多くなる。
100歳以上になると、自己負担及び保険料は12万円、医療費は119万円という有り様である。
だが、今は、まだマシになったと言える。
今では信じられないことだが、以前は、老人医療費は無料だったのだ。
2002年の健康保険法等の改正により老人医療費は原則定率1割負担になったが、それにいたるまで約30年の歳月と多大な労力を費やすことになったのである。
あらゆる分野で、高齢者が若年層のソースを吸い尽くしている現代日本社会に未来はあるのか
国が豊かなら、それでも構わない。
しかし、高齢者の高額な医療費は、現役世代にしわ寄せが来るのである。
高齢者は高齢者で大変だとは思うが、将来、高齢者になる現役世代はもっと大変だと思う。
こうしたことを含めて、医療政策のあり方を捉えていかなくてはならない。
その為の知識を吸収するうえで、本書は大変有用な書物である。
この本は、医療政策の大部分を網羅していて、新書のレベルを越えた充実ぶりである。
難しい箇所もあるが、それは本書が専門的な領域にまで踏み込んで、考察をおこなっているからである。
この本を読み終えたとき、読者は、医療政策通になっていることは間違いない。